今更ながらのZepp Tokyoレポに思ふ

昨日、野音当落を前に実にドキドキそわそわしながらも
電車待ちの時間を有効活用し
ギリギリセーフで「Player」9月号のLIVEレポートを
立ち読んできました。

Player (プレイヤー) 2012年 09月号 [雑誌]Player (プレイヤー) 2012年 09月号 [雑誌]
(2012/08/02)
不明

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一頁の半分のスペースにケッコウ大きめのライヴショット。
(PAOさん最新号の表紙ショットです)
つまり、短めのライヴレポだったわけですが
なかなかどうして、センサーが反応しまくり!!!



ちなみに、6/27のZepp Tokyo1日目のレポでした。

この日、本編16曲+アンコール4曲のうち
「ゲンカクGet Up Baby」「金でもないかと」は
スタンド(だった?ハンドだったかも・・・)マイクで。
「飛べない俺」はキーボードの前で。
それ以外の曲すべてで、宮本さんがギターを弾いていたということ。

鍵盤抜きの編成だったが故のエレファントカシマシのむき出し感。

ライヴレポライター氏(失敬・・・お名前失念)にとって
「この日のライヴがエレファントカシマシライヴの基準」的なる表記。

何より感応しまくったのは
「シアトリカル」という馴染みのないワード。


帰りの電車に揺られながら、早速検索してみました。


国語辞書@携帯で調べると・・・思わずへぇ~なるほどねぇ。

シアトリカル【theatrical】

[形動]演劇的であるさま。劇場風の。

「シアトリカルなライブが魅力の音楽グループ」



そして・・・び、吃驚したぜ!
まさにエレファントカシマシにジャストフィットな例文じゃないの。
強いて言うなら、「音楽グループ」を「ロックバンド」に書き換えたいけれど。


英語表記なら、すぐにピン!とキタところ
中途半端にカタカナ表記(和製英語扱い?!)されちゃうと
ダメダメだ、私ったら。


某エレ友さんのお姉さま(生粋のスピッツファン)が
はじめてエレファントカシマシのステージを体感した
MTWB2009で、宮本さんのことを「乗せ上手、盛り上げ上手な
エンターテイナー」というやうに称されたというエピソードが
不意に蘇ったりもして。

そして、思ったの。
宮本さんという人は、1回のステージで
今を生き抜くというか、もっというなれば
人ひとりの人生を生き抜くくらいの真剣さと気迫と熱量とで
我々を圧倒するばかりでなく
様々なモードの曲、つまりは、上り下りの人生、光と闇、喜びと悲しみ、怒りと憂い等々
対極ともいうべきココロ模様まで
見事に再現、体現されてしまうから、まったくもってスゴイとしか言いようがない。

「演劇的」どころか、「人生劇場」の域・・・否、「人生」そのものだもの。

殊に野音では、その振れ幅がとんでもないことになるからタマラナイ。


ここ数日、月があまりにも綺麗に見えるからだらうか?
「月と歩いた」が脳内再生されまくり。
野音でなら聴ける(であろう)曲。
おそらくは、野音でなけりゃ聴けない曲。

夏休みに入ったばかりの1ヵ月前には
家に帰り着く18:30頃って、真っ昼間と言っても過言ではないくらい
辺りは明るかったのに。
それが今や、電車を降り、自宅最寄駅から一歩外に出ると
宵闇が忍び寄るという表現がドンピシャリの
暮れゆく夕べの空のブルーの美しさに
ハッと息をのみ、しばし放心してしまい
その揚句に吸い込まれそうになって、立ち尽くしてしまう私。
そこへキテ、あの眩い月の光、輝きですよ?!
20120828の空と月

夜が更けゆけば、どこからともなく秋の虫の音が聴こえてくるし。

着実に季節は夏から秋へと移り変わっているんだよね。
移ろいゆく季節に置いてきぼり喰らわぬやうにしなきゃ。


そしてまた、今年も大好きな季節が巡り来る。

2009年10月24日・25日(私にとって初の野音)以来3年ぶりの
10月の日比谷野音。

今回はどんな選曲で魅了してくれるだろうか?
秋ならではの曲、月の曲、やさしくて、あたたかくて
だけどどこかしら寂しげでちょっぴりしんみりするやうな曲・・・
聴けるかな。聴けるといいな。


日比谷野音行きの切符(チケット)が
この夏、汗水垂らしてほぼ1ヵ月休み返上で働いた私への
何よりのご褒美だったなぁ。
そうしみじみ思わずにはいられないわけで。
かみしめまくっているわけで。

28日で夏休みが終わり、名実共に明日29日から2学期が始まるというのも
出来過ぎたシナリオだ。

日一日一日大切に、丁寧に生(行)きたいものだ。


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